『谷崎潤一郎随筆集』より,岩波書店

陰翳礼讃(いんえいらいさん)

・1933-1934(昭和8〜9年)に発表

・「デザインの花伝書」(原研哉)と言われる

・スティーブ・ジョブズも読んだことがある

・和と洋の文化を対比しながら、日本文化(美意識)の本質を描きだす本。

要旨

和と洋の文化を対比しながら、日本文化(美意識)の本質を描きだした論考。西洋にとっての美は、明るさや光り輝くもの、クリアなものであるのに対し、日本の美は陰翳が映し出す魅惑(渋み、深みなど)にある。

ポイント1

西洋文明を輸入した日本が、もし独自に文明を築いていたら・・・

この論考は昭和一桁代に書かれたものであるが、今日の日本を見渡しても西洋文化が広範囲をカバーしている。学校で教わる勉学も、ライフスタイルも食べ物も、意識して見ると「和」というものはかなり少ない。著者は、西洋のものは西洋人に最適化されたもので、日本人は損をしている。仮に日本が独自にこうした文明を生み出していたならば、全く異なるものになっていただろう。と述べている。

日本が独自の文明を築いていたらという発想が、とても考えさせられる。身の回りにあるほとんどものが、西洋文明の恩恵にあずかっている。普段使っているスマホもパソコンも、数学や物理学など西洋の学問をベースに発展した科学技術で作られている。デザインや設計思想といった哲学も西洋産だ。ただApple製品は、ジョブズが陶器などの日本文化が好きで、日本の美意識を製品に取り入れようとしていたらしい。Apple製品には、日本の美意識の哲学が入っているかもしれない。

ジョブズの日本文化好きはNHKで特集されている↓↓

https://www3.nhk.or.jp/news/htl/20230609/k10014092801000.html

ポイント2

秀逸な文章表現。

食、服、紙、建築、芸能など、豊富な例を挙げながら陰翳が生み出す魅惑を描いている。

紙について書かれた箇所で、「西洋紙は光線を撥ね返すような趣があるが、和紙は柔らかい初雪の面のようにふっくらと光線を中へ吸い取る」という表現がある。この表現一つとっても秀逸で、この一文だけでも和と洋の文化の本質を突いていると感じる。

ポイント3

光・色彩論としての『陰翳礼讃』。

和と洋の美意識の違いについて描かれた「文化論」だが、これは「光・色彩」の感受性の違いと言い換えることもできる。

例えば写真や動画などを撮影する時を思い浮かべてみてほしい。ドラマやスタジオ撮影では、人物の顔が暗くならないように、適切な角度から、適度な明るさの光を当てる。しかしそれは、顔の真正面から明るい光をただ当てるのではない(それでは免許証の写真になってしまう)。適切な角度から光を当てることで、顔の明るい部分と影になる部分が現れ、その場面に相応しい雰囲気を醸し出すようになる。全てを光で照らせば、何のムードもない露骨な絵になってしまう。光と影はどちらも存在することでお互いを生かしあい、魅惑を放つ。

陰について知ることは、同時に光について知ることにもなっている。どんなふうに照明を当てると魅力が引き立つかは、どんな陰を作り出すかと魅力が引き立つかと表裏の関係にあると思った。

ポイント4

「エモい」という言葉が流行っているが、この本には「エモさ」の根底にあるものが描かれている。

「エモい」というのは、例えばガラス張りのスマートなデザインのカフェとは違う。それは「ハイセンス」とか「おしゃれ」と言われる。「エモい」とはレトロな看板や建物、フィルムやレコードといったアナログな感触から伝わる「渋さ」や「味わい深さ」の方だ。

陰翳礼讃が描くのも、こうした「渋さ」「味わい深さ」だ。

音楽も写真もデジタル化され、ノイズの少ないクリアな肌触り。建物はガラス張りで清潔感を極めた空間になり、古風な建物は姿を消す。ガラス張りのおしゃれな建築のカフェが人気になる。人間関係も、摩擦の少ないクリアな肌触りになる。こうした「クリアで透明感」のある感性に相反するものとして「エモい」という感性がある。場所に例えると「銀座」と「吉祥寺」のような世界観の違い。

近年レコードやフィルムが流行り、レコードに関してはCDの売り上げを上回った(アメリカ)。タワレコをはじめ、古書店でもレコードを取り扱うようになった。カメラについても、フィルムカメラが新発売される。

「クリアで透明感」のある世界に進化していく中で、レコードやフィルムのアナログブームに代表される「エモい」という感受性が反動として現れていると考えるとまたおもしろい。

そして、「クリアで透明感」のある世界と「エモい」世界という相反する世界が混在しているのも素敵だと思った。

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