美を際立たせる背景の余白
原 研哉
高級ホテルや宿など、感性が高められるような美しい空間の特徴は、
とにかくモノが少なく、最低限なのだという。
モノが少ないほど、空間の中にある美しさに心が惹かれる。
散らかったテーブルの上に、どんなに高貴なものがあったとしても、その美しさを楽しむことはままならない。
いわば、部屋の余白が多いにあってこそ、モノや空間の美しさが際立ち、私たちの感性を光で照らしてくれる。
全く別の例をあげると、ある人が同じ服装をして街を歩いていても、表参道や銀座といったハイセンスな街並みの中を歩くのと、そうでない場所を歩くのでは、その人の見え方(印象)は全く変わってくる。
雑誌などに掲載されるようなモデルの撮影は、その背景となる絵はとても重要で、背景選びに相当の気を使っているのではないかと想像できる。
背景次第で、トータルの雰囲気や印象は大きく左右されることだろう。
背景がシンプル(余白が多い)であることで、主役を引き立たせる。
引き算の思考
林 修
国語もやる、数学も英語もという「足し算」の思考をしていくと、うまくいかずに破綻してしまう。全部はできない。
うまくいく人というのは、未来になりたい自分の姿から逆算して、それに何が必要かを絞っていきバランスをとりながらやるという「引き算」の思考をしている。
という趣旨のお話。
私は妙にハッとさせられた。今の自分の状態を言い当てていたからだ。やりたいことを足し算方式で重ねていき、やれなかったことばかりに気が向いて嫌になることが続いていた。
興味があることをどんどんやりたいを手を伸ばしていき、ほとんどできなかったのだ。
こうして気がついてみると、破綻するようなやり方をしていたのだとわかる。
しかし、渦中にいるとこんなシンプルなことに気がつきにくい。
引き算でプランを立てるというのは、いわば余白を作っていくということだ。
時間の余白
こうして「余白」について思いを巡らせていると、普段時間の余白がないことに気づく。仕事でも余白を設けるどころか、はみ出している。プライベートでも、あれもこれもやろうと足し算を繰り返し、時間ギリギリまで粘って余白を削っている。
足し算を繰り返すことで、できなかったことばかりに目が向き、
時間の余白を削ることで、心の余裕や、柔軟性が損なわれていく。
大切なことに気づいたり、クリエイティブな発想ができなくなってしまうのではないかと気づかされた。
時間を効率的に使うことは、一見、ポジティブなことに見える。
しかし、逆説だった。
効率化を図ろうとして時間の余白を削ると、心身の余裕までもが削られてしまい、生産性が下がって逆に効率が悪くなってしまう。
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雑談という余白
仕事に追われていると、人とたわいも無い会話をする時間が無駄なのでは無いかと思い、ついつい、自分から話を短くして早々に切り上げる。相手の話をゆっくりと聞く時間ももったいないと感じてしまう。
そして業務上超必要最低限のことしか話さなくなってしまう。
すると何が起こるか。
誰も、自分のことをわかってくれる人はいなくなる。
あの人は忙しいからと、(自分がしていたのと同じく)極力話しかけられなくなる。
自分が人のことをわかろうとしなかったから、いつしか、自分も相手に理解されなくなっていき、勝手に解釈されていく。
過去に、「人との仕事以外の会話から、仕事上の重要な気づきやヒントを得られる」からコミュニケーションは大切だと言った人がいた。
無駄を省くという発想は諸刃の剱だ。
無駄を省けたと思ったら、省いてはならないところだったと後から気付かされることがある。
無駄だと思った部分は、他者との潤滑油だったのかと気づいたりする。
時間の余白がない生活
この本に「毎朝同じ電車に乗っている人は、同じような人生を歩んでいる。」という話が載っている。
電車、飛行機に限らず、始発は元気がよく、向上心のある人が乗っているのだという。
有名人に遭遇する確率も高いらしい。
時間が遅くなるほど、生気に乏しい。
時間ギリギリのためか、余裕がなく殺伐とした雰囲気にもなるようだ。
この実例が掲載されている話のタイトルは、「毎朝同じ電車に乗っている人は、同じような人生を歩んでいる。」だ。
時間の余白が、気持ちの余白を生み出すのはもちろん。
それは、その人の人生さえも水路付けていくのだと考えさせられる。
机の上の余白
会社の休日出勤日。出社して周囲を見渡すと、もちろん誰もいない。
ガラ空きのデスクが部屋中に並んでいる。
それを見ていると興味深い事実に気づかされる。
机の上がシンプルでモノが少ない人と、モノが多く整理されていない人がいるのだ。
仕事ができる人ほど、シンプルに整理されモノが少ない。
仕事で使うマニュアルや資料などのファイルも、どうしてこんなに少なくて済むのかと思うほど、シンプルで絶妙な数が置かれている。
ブックスタンドに立てかけられたファイルや書類は、およそ容量の半分。容量に余裕がある。
いつももたついている人ほど、モノが多い。
整理というよりかは、とりあえず書類や本が置いてある・重ねてあるという感じがする。
書類などはブックスタンドの容量の10割入れてある。
もちろんこの2つは大まかな傾向であり、個々人によって千差万別だ。
机の上は、その人の性格や頭の中を見事に表しているのではないかと考えるようになった。
机の容量(余白)の空きが多い人ほど、サクサクと仕事をし、
満タンまで満たしている人ほどもたつく。
これは机の上の容量が、頭の中や、気持ちにどれくらいの余裕があるかを示していると思えてくる。
頭の中に知識を詰め込みすぎると、余裕がなくなり身動きが取れなくなる。
新しい知識を入れたり、相手を理解する、自分をモニターするために使うスペースがなくなるためだ。
机の上のモノを少なくできるということは、自分にとって重要なものだけに「引き算」した結果なのではないか。
自分にとって重要なものがわかっていて、欲張ってあれもこれもと手に入れようとしないからこそ、気持ちに余裕(余白)が生まれる。
余白があるからこそ、スムーズに仕事が進められる。
そんなことが思い浮かび、私も慌てて机の整理をした。
機能の余白
スティーブ・ジョブズは、iPhoneに搭載する機能を極限まで減らしている。表にはホームボタン1つだけだ。機能を増やすには技術がいるが、機能を減らすには哲学がいる。という言葉を聞いたことがある。
日々の生活の中でも、やりたいことを挙げるのは容易いが、何をやらないかを決めるのは難しい。何をやらないかを決めるには、やることリストを束ねる目標やなりたい自分、なぜそうなりたいかという自分なりの哲学が必要になるからだ。
ジョブズは物事を洗練していくとシンプルになるという言葉も残しているが、自分の哲学を磨いていくと、それが具現化されシンプルな生活ができるようになるのだろう。
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